岩切城 本丸
アイキャッチ画像出典:撮影 筆者
記事内画像:撮影 筆者

仙台城(青葉城)以外の仙台のお城を巡る

仙台城 伊達政宗騎馬像

撮影:編集部(現在の仙台城跡。築城は1600~1602年)

宮城県の城、仙台のお城と聞いて、真っ先に思い浮かぶのはやはり「仙台城(青葉城)」ですよね。

しかし仙台市にはあるのは、仙台城だけではありません。

 

この企画では仙台市とその周辺にある、お城跡にスポットライトを当てていきます。

今回は、留守氏の居城「岩切城」

今回ご紹介するお城は、仙台市宮城野区にある「岩切城(いわきりじょう)」。

現在の利府、多賀城一帯を治めていた留守氏(るすし)の居城であり、14世紀の南北朝時代には血みどろの戦場となりました。

岩切城跡はどこにあるの?

宮城県民の森 地図

▲岩切城のほかに、「高森城」「鴻の巣館」「鴻の館」とも呼ばれた

岩切城(いわきりじょう)があるのは、仙台駅から西へ13kmほど離れた宮城野区岩切に佇む高森山(たかもりやま)。

 

昭和57年(1982)に国の史跡に指定され、県民の森の一画を占める「高森山公園」として整備されています。

公共交通機関でアクセスできる

岩切城跡へは公共交通機関でのアクセスも可能です。

JR仙台駅からJR東北本線「小牛田行」に乗車し約8分、「岩切駅」で下車します。

岩切駅から仙台市営バス「交通局東北大学病院前行」に乗車し約4分、「今市橋」バス停で下車し徒歩約20分です。

中世の岩切は、東北地方最大の商業地域だった?

岩切城周辺(宮城野区岩切から塩釜にかけて)は、中世の多賀国府(たがこくふ)があった範囲として有力視されています。

多賀国府とは、陸奥国(現在の福島県、宮城県、岩手県、青森県)の国府(役所)が置かれた、政治・経済の中心地とされる場所です。

 

岩切周辺の地域には※奥大道と呼ばれる鎌倉からの幹線道路が敷かれていたほか、海へと通ずる主要な河川(現在の七北田川)が交差しており、岩切周辺は水陸交通の要所=商業地域として栄えていたのではないかと推測されています。

奥大道(おくだいどう)……鎌倉と奥州(陸奥国と出羽国/現在の東北地方)を結ぶ、中世日本最長の幹線道路。鎌倉街道の一つに位置づけられる。

撮影:編集部

ちなみに歴史好きの方ならご存じであろう、現在の宮城県多賀城市にある「※多賀城(たがじょう)」跡。

奈良~平安時代の10世紀ころまで機能していたとされる、古代陸奥国の国府です。

 

史料上、多賀城の名前は9世紀以降には登場せず、また発掘調査にいても10世紀以降の国府の状況は明らかにされていません。

古代の陸奥国国府(多賀城)がどのように続いていったのか、中世の多賀国府との関連性などは、未だ謎に包まれています。

 

岩切城のある地域の紹介は以上です。続いては岩切城の城主とされる、留守氏についてひも解いていきます。

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