落合観音堂と伊達政宗の関係は?

仙台 伊達政宗の騎馬像

落合観音堂について、案内板には仙台藩政時代の記録が見当たらないと記されていますが、こんな話が残っています。

 

寛永3年(1626年)初代仙台藩主の伊達政宗は、近隣の袋原で鷹狩りを楽しんでいました。

その際に政宗は願い事をし、なんと叶ってしまったというのです。

翌年、政宗公は郡山にあった毘沙門堂を解体し、落合まで運び※堂宇を建造しました。そして袋原の観音を移し、「落合観音堂」と改めたのです。

※堂宇(どうう)とは……四方に張り出した屋根(軒)をもつ建物のこと。

落合観音堂にまつわるカニ伝説

カニの絵馬

落合観音堂には、カニの絵馬が多く奉納されています。なぜカニの絵馬なのか? それはある伝説に由来しています。

 

その昔、まだ袋原に観音堂があったころ。ある年の洪水により名取川が氾濫、観音堂も浸水してしまい安置されていた観音像が流されてしまいます。

あわや沖合に流されそうになったところ、名取川に住むたくさんのカニが観音像を守って流されるのを防いだというのです。

 

それ以来、この地域の人々はカニを食べずに、カニへの感謝として絵馬に書いて奉納するようになりました。

この観音様を信仰する人たちは、今でもカニを食べないといわれています。

現在も毎年夏になると、カニが落合観音堂に続々と集まるんだとか…。

落合観音堂を散策してみよう!

落合観音堂 看板

落合観音堂は、仙台市営バス「四郎丸市営住宅前」で降りてから10分ほど歩くと、この標識がみえてきます。標識の方向通り、左に進んで行きましょう。観音堂まで約150mです。

落合観音堂 入り口

真っすぐ進むと左側に入口がみえてきます。駐車場がありませんので、ご注意ください。

落合観音堂 参道

正面にみえるのが落合観音堂。とても静かで、落ち着くところです。

秋になると境内のモミジや銀杏が色づくので、その時期に訪ねてみるのもいいかもしれません。

落合観音堂 鐘楼

正面右側に梵鐘がありました。左側には案内板と手水舎があります。手を洗って清めましょう。

落合観音堂 狛犬

こちらが落合観音堂の正面。狛犬がお出迎えしてくれます。

落合観音堂 カニ絵馬

やはり、カニの絵馬が多く奉納されていますね。

落合観音堂 御堂

お堂には、こんなありがたい置物が置かれていました。

 

落合観音堂 地蔵尊

観音堂の左側にある地蔵堂。

 

落合観音堂 不動尊

地蔵堂の後ろには不動堂があります。

落合観音堂 祠

地蔵堂の横には祠(ほこら)がいくつか並んでいました。

落合観音堂 白蛇の置物

祠の中には白蛇さんが座っています。へび(巴)をもつと、「実(巴)入りがいい」ということから、蛇の脱皮をサイフに入れると金運がアップする、という有名な迷信がありますね。

金神 石碑

白蛇のいる祠のすぐ近くにある、一回り小さい赤い祠の前に「金神」と刻まれた石碑がありました。白蛇さんとあわせて、しっかりお参り!

落合観音堂 板碑

入口からすぐ右側にみえる12基の※板碑(いたび)群。

もともと名取川の河原にあったのを、この地に移したそうです。奥の方には、2体のお地蔵様もいらっしゃいます。

 

落合観音堂の散策はここまで。

※板碑(いたび)…主に供養塔として使われる石碑の一種。

落合観音堂の基本情報

所在地:

〒981-1101 仙台市太白区四郎丸字落合60

アクセス:

<電車・バス>

仙台駅からJR東北本線「仙台空港行」に乗車約10分「南仙台駅」で下車。南仙台駅東口から市営バス「四郎丸行」に乗車約12分「四郎丸市営住宅前」で下車し徒歩約10分

<車>

東北自動車道 仙台南I.Cから約24分

駐車場:

なし

 

名取川の土手につながる道を発見!

落合観音堂 坂道

次に落合観音堂入口の右側にある坂道を進んでみます。緩やかな坂を上っていくと視界が開けてきました。

名取川と仙台市街

土手からみる仙台駅方面の風景。ビル群が少し遠くにみえます。右手にみえるのは名取川です

落合観音堂の周辺スポット

四郎丸(しろうまる)の歴史は古く、落合観音堂以外にも史跡や古墳などがあります。今回はその中でもローカルなスポットを訪ねてみることに。

四郎丸館跡(善徳寺)

仙台 四郎丸館跡

平安時代末期、この地を治めていた奥州藤原氏第3代当主・藤原秀衡(ふじわら の ひでひら)の家臣である名取四郎(なとりしろう)が居館した「四郎丸館(しろうまるだて)」という城がありました。

現在は「善徳寺(ぜんとくじ)」という曹洞宗の寺院が建っており、境内を中心とする一帯が館跡とされています。

 

四郎丸館の築城時期や、誰が築城したのかは明らかにされていません。善徳寺を中心に東西300m、南北400mに及ぶ大きな城だったとか。

発掘調査により遺物などが発掘されていますが、残念ながら遺構などは確認できません。

 

鎌倉時代中期に起こった宝治合戦(ほうじかっせん)に貢献した曽我氏が、北条氏より四郎丸の代官職に任ぜられ、南北朝時代まで領地として治めていました。

その後天分元年(1532)、伊達家14代当主の伊達稙宗(だて ただむね)の家臣・菅井景国(すがい かげくに)が、戦功の恩賞として稙宗から四郎丸を賜ります。

四郎丸と袋原地区は幕末まで、代々菅井家が統治しました。善徳寺には菅井氏の墓が残っています。

 

四郎丸の名前の由来は、名取四郎が四郎丸に居館したことからその名が付きました。ちなみに城のことを、丸や館ともいいます。

四郎丸という地名は珍しく全国に8つしかないそうです。

 

善徳寺の境内には、主尊のキリーク(阿弥陀)の梵字と正和元年(1312)11月27日と刻まれた、鎌倉時代の板碑があります。

 

【四郎丸館跡(善徳寺)の基本情報】

所在地:

〒981-1101 仙台市太白区四郎丸字弁天37

アクセス:

落合観音堂から徒歩で約15分

駐車場:

なし

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