「落合観音堂」と周辺の史跡を巡る!仙台ローカルスポット巡り

2020/10/16 更新

伊達政宗ゆかりの寺院、仙台市太白区にある「落合観音堂(おちあいかんのんどう)」。仙台三十三観音の第三十一番札所であり、霊験を体験した政宗公がわざわざ袋原から落合まで観音様を移動させたといいます。そんな落合観音堂と周辺の寺院や館跡を、ぶらり散策してきました。

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落合観音堂とは?

落合観音堂

▲閑静な住宅街に佇む仏堂

「落合観音堂(おちあいかんのんどう)」は、仙台駅から10kmほど離れた太白区四郎丸(しろうまる)落合にある仏堂です。

もともとは、隣接する袋原地区下谷地(ふくろばらしもやち)という名取川の河原にあったそうですが、仙台藩初代藩主・伊達政宗によって袋原から落合に移され、さらに昭和26年(­1951)名取川改修の際に現在の地へ移されました。

 

寛永4年(1627)の棟札があり、江戸時代初期にみられる茅葺屋根に入母屋(いりもや)という簡素な造りです。

観音堂内には入母屋造の厨子が置かれ、その中には承和2年(835)※慈覚大師(円仁)作と伝えらる、ご本尊の十一面観音像が納められています。別名を中木観音といい、御本尊は33年に1度のみ御開帳されます。

 ※慈覚大師(じかくだいし)…平安前期の天台宗(生きているものすべての救済を目的とする仏教の一派)の僧。名は円仁(えんにん)、号が慈覚大師。慈覚大師を開基する寺には、山形県の「立石寺」や、松島の「瑞巌寺」が有名。

仙台三十三観音の第三十一番札所

観音様とは、『観音経(かんのんぎょう)』や『般若心経(はんにゃしんぎょう)』などに登場する、菩薩の一尊(いっそん)です。

お釈迦様のような真理を悟った者”如来”となるため、修行中の身である観音様。人々を救うために三十三の姿に変身した、と伝えられています(法華経普門品による)。

 

そんな観音様を安置している霊場が仙台市内に33カ所あり、4代藩主・伊達綱村(だて つなむら)より※札所が選定されたようです。落合観音堂は第三十一番の札所。

仙台三十三観音のうち仙台から名取川を越えたところに位置する観音堂は、この落合観音堂しかないようで、一番遠い観音堂でした。

御朱印もあるため、集めている方は御朱印帳をお忘れなく!

※札所(ふだしょ)…参詣者が参詣のしるしとして、札を受け取るところ。

名取三観音

名取三観音とは、慈覚大師が1本の木からつくった3体の観音像のことです。本木の1体は日辺の両全院(りょうぜんいん)、中木の1体は四郎丸の落合観音堂。末木の1体は根岸の百代の里に安置されたと伝えられています。

落合観音堂の規模と構造

日本の伝統建築

作成:編集部

三間(6.21m)四方の大きさで素木造の建物。屋根は入母屋造の茅葺で※平入です。前面に※向拝があり、三方に縁をめぐらしています。

※平入(ひらいり)……日本の伝統建築において、建物屋根(棟)に対して直角に切り下ろした側を「妻(つま)」、棟と並行する側を「平(ひら)」とした場合、平入とは建物の出入口がこの「平」にあるものをさす。

※向拝(こうはい)とは……日本の寺院・神社建築において、仏堂や社殿の屋根の中央が前方に張り出した部分のこと。 仏堂や社殿入口の階段上に設けられる場合が多いことから「階隠」(はしかくし)ともいう。

宮城県と仙台市の指定文化財

落合観音堂

落合観音堂は昭和44年(1969)に、宮城県の有形文化財(建造物)に指定されました。奉納されている「中村景貞乗馬図(なかむらかげさだじょうばず)」「宇治川先陣図(うじがわせんじんず)」「曳馬図(ひきうまず)」「金銅板押出三重塔(こんどうばんおしだしさんじゅうのとう)」。この4つの絵馬も、平成4年(1992)仙台市の有形民俗文化財に指定されています。

毎年行われる「大祭典」と「どんと祭」

落合観音堂では、毎年旧暦の7月9日に大祭典が行われます。また毎年1月14日の※どんと祭では多くの人でにぎわいます。

※どんと祭…古いお札、お守り、正月飾りなどをお焚き上げする神事のこと。

落合観音堂と伊達政宗の関係は?

仙台 伊達政宗の騎馬像

落合観音堂について、案内板には仙台藩政時代の記録が見当たらないと記されていますが、こんな話が残っています。

寛永3年(1626年)初代仙台藩主の伊達政宗は、近隣の袋原で鷹狩りを楽しんでいました。その際に政宗は願い事をし、なんと叶ってしまったというのです。

翌年、政宗公は郡山にあった毘沙門堂を解体し、落合まで運び※堂宇を建造しました。そして袋原の観音を移し、「落合観音堂」と改めたのです。

※堂宇(どうう)とは……四方に張り出した屋根(軒)をもつ建物のこと。

落合観音堂にまつわるカニ伝説

カニの絵馬

落合観音堂には、カニの絵馬が多く奉納されています。なぜカニの絵馬なのか? それはある伝説に由来しています。

 

その昔、まだ袋原に観音堂があったころ。ある年の洪水により名取川が氾濫、観音堂も浸水してしまい安置されていた観音像が流されてしまいます。

あわや沖合に流されそうになったところ、名取川に住むたくさんのカニが観音像を守って流されるのを防いだというのです。

 

それ以来、この地域の人々はカニを食べずに、カニへの感謝として絵馬に書いて奉納するようになりました。

この観音様を信仰する人たちは、今でもカニを食べないといわれています。現在も毎年夏になると、カニが落合観音堂に続々と集まるようですよ。

落合観音堂を散策してみよう!

落合観音堂 看板

落合観音堂は、仙台市営バス「四郎丸市営住宅前」で降りてから10分ほど歩くと、この標識がみえてきます。標識の方向通り、左に進んで行きましょう。観音堂まで約150mです。

落合観音堂 入り口

真っすぐ進むと左側に入口がみえてきます。駐車場がありませんので、ご注意ください。

落合観音堂 参道

正面にみえるのが落合観音堂。とても静かで、落ち着くところです。

秋になると境内のモミジや銀杏が色づくので、その時期に訪ねてみるのもいいかもしれません。

落合観音堂 鐘楼

正面右側に梵鐘がありました。左側には案内板と手水舎があります。手を洗って清めましょう。

落合観音堂 狛犬

こちらが落合観音堂の正面。狛犬がお出迎えしてくれます。

落合観音堂 カニ絵馬

やはり、カニの絵馬が多く奉納されていますね。

落合観音堂 御堂

お堂には、こんなありがたい置物が置かれていました。

 

落合観音堂 地蔵尊

観音堂の左側にある地蔵堂。

 

落合観音堂 不動尊

地蔵堂の後ろには不動堂があります。

落合観音堂 祠

地蔵堂の横には祠(ほこら)がいくつか並んでいました。

落合観音堂 白蛇の置物

祠の中には白蛇さんが座っています。へび(巴)をもつと、「実(巴)入りがいい」ということから、蛇の脱皮をサイフに入れると金運がアップする、という有名な迷信がありますね。

金神 石碑

白蛇のいる祠のすぐ近くにある、一回り小さい赤い祠の前に「金神」と刻まれた石碑がありました。白蛇さんとあわせて、しっかりお参りしました。

落合観音堂 板碑

入口からすぐ右側にみえる12基の※板碑(いたび)群。もともと名取川の河原にあったのを、この地に移したそうです。奥の方には、2体のお地蔵様もいらっしゃいます。

落合観音堂の散策はここまで。

※板碑(いたび)…主に供養塔として使われる石碑の一種。

 

【落合観音堂の基本情報】

所在地:

〒981-1101 仙台市太白区四郎丸字落合60

アクセス:

<電車・バス>

仙台駅からJR東北本線「仙台空港行」に乗車約10分「南仙台駅」で下車。南仙台駅東口から市営バス「四郎丸行」に乗車約12分「四郎丸市営住宅前」で下車し徒歩約10分

<車>

東北自動車道 仙台南I.Cから約24分

駐車場:

なし

名取川の土手につながる道を発見!

落合観音堂 坂道

次に落合観音堂入口の右側にある坂道を進んでみます。緩やかな坂を上っていくと視界が開けてきました。

名取川と仙台市街

土手からみる仙台駅方面の風景。ビル群が少し遠くにみえます。右手にみえるのは名取川です

落合観音堂の周辺スポット

四郎丸(しろうまる)の歴史は古く、落合観音堂以外にも史跡や古墳などがあります。今回はその中でもローカルなスポットを訪ねてみることに。

四郎丸館跡(善徳寺)

仙台 四郎丸館跡

平安時代末期、この地を治めていた奥州藤原氏第3代当主・藤原秀衡(ふじわら の ひでひら)の家臣である名取四郎(なとりしろう)が居館した「四郎丸館(しろうまるだて)」という城がありました。

現在は「善徳寺(ぜんとくじ)」という曹洞宗の寺院が建っており、境内を中心とする一帯が館跡とされています。

 

四郎丸館の築城時期や、誰が築城したのかは明らかにされていません。善徳寺を中心に東西300m、南北400mに及ぶ大きな城だったとか。

発掘調査により遺物などが発掘されていますが、残念ながら遺構などは確認できません。

 

平安時代末期の奥州合戦で源頼朝の軍勢によって滅ぼされ、鎌倉時代中期に起こった宝治合戦(ほうじかっせん)に貢献した曽我氏が、北条氏より四郎丸の代官職に任ぜられ、南北朝時代まで領地として治めていました。

その後天分元年(1532)、伊達家14代当主の伊達稙宗(だて ただむね)の家臣・菅井景国(すがい かげくに)が、戦功の恩賞として稙宗から四郎丸を賜ります。四郎丸と袋原地区は幕末まで、代々菅井家が統治しました。善徳寺には菅井氏の墓が残っています。

 

四郎丸の名前の由来は、名取四郎が四郎丸に居館したことからその名が付きました。ちなみに城のことを、丸や館ともいいます。

四郎丸という地名は珍しく全国に8つしかないそうです。

 

善徳寺の境内には、主尊のキリーク(阿弥陀)の梵字と正和元年(1312)11月27日と刻まれた、鎌倉時代の板碑があります。

【四郎丸館跡(善徳寺)の基本情報】

所在地:

〒981-1101 仙台市太白区四郎丸字弁天37

アクセス:

落合観音堂から徒歩で約15分

駐車場:

なし

蓮光寺

連光寺 仙台

善徳寺と隣接する浄土宗のお寺「蓮光寺(れんこうじ)」。この一帯も、四郎丸館があった場所といわれています。

正面にみえる見事な松は、仙台市の保存樹木である「舞鶴の松」。樹齢は620年ほどあるそうです。

【連光寺の基本情報】

所在地:

〒981-1101 仙台市太白区四郎丸字戸ノ内97番地

アクセス:

善徳寺から徒歩すぐ

駐車場:

なし

神明社

仙台 神明神社

平安時代にあたる延暦14年(795)、坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)が奥州平定の帰途に※勧請したと伝えられる「神明社」。
はじめは征夷大将軍の副将軍として蝦夷を征討に参戦し、その後征夷大将軍として再び蝦夷征討へ乗り出した坂上田村麻呂。蝦夷の軍事的なリーダー、アルテイとの戦い、友情話が有名ですね。

宮城県には坂上田村麻呂にまつわる史跡が数多くありますが、事実とする史料などは発見されておらず、伝説と思われています。

神明社は、後に四郎丸領主となった菅井氏が再建しました。

※勧請(かんじょう)とは……神仏の来臨を願うこと。神仏の分霊を請(しょう)じ迎えること。

【神明社の基本情報】

所在地:

〒981-1101 仙台市太白区四郎丸神明95-1

アクセス:

落合観音堂から徒歩約14分

駐車場:

なし

四郎丸公会堂

四郎丸公会堂

神明社の向かい側にある四郎丸公会堂。大正6年(1917)に四郎丸※分教場として建てられました。昭和40年(1965)四郎丸小学校の開校と同時に廃校。現在は公会堂として利用されています。大正時代の門が歴史を感じますね。

※分教場……小・中学校などの分校の中で、特に小規模な教場のこと。

【四郎丸公会堂の基本情報】

所在地:
〒981-1101 仙台市太白区四郎丸神明12-2
アクセス:

神明社から徒歩すぐ
駐車場:
無料/約20台

古く長い歴史を持つ四郎丸へ

落合観音堂

今回は、仙台市太白区四郎丸にある伊達政宗ゆかりの落合観音堂を中心にご紹介しました。マイナーでローカル色が強かったと思いますが、宮城にはまだまだ魅力的なローカルスポットがいっぱいあります。

神社仏閣ファンなら、きっと面白い発見があるかも! そんな魅力的な宮城のローカルスポット巡り。あなたもいかがでしょうか?

落合観音堂 参道
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stingray

札幌出身で趣味はギター。前職の転勤で仙台に移り住み、気が付いたらもう30年になります。仙台は海の幸や山の幸も美味しく、とても暮らしやすい所です。そんな仙台の魅力や地元ならではの情報をお届け致します。