【北山五山(伊達五山)】伊達家ゆかりの寺院をめぐる

2020/11/09 更新

「北山五山」は、仙台藩が成立した江戸時代に、藩祖・伊達政宗によって築かれた5か所の寺院を総称したもの。仙台城下を守るための鬼門封じや、街道の関門として創建されたと考えられています。今回は北山五山と、同じく北山にある輪王寺をめぐりました。

アイキャッチ画像出典:撮影 筆者
記事中画像:撮影 筆者

北山五山とは?

北山五山

出典:いらすとや(作成編集部)

「北山五山(きたやまござん)」は慶長6年(1601)の仙台開府の際、藩祖・伊達政宗により創建された、5つの※臨済宗の寺院を総称したものです。

5つの寺院は藩祖・伊達政宗により、旧仙台城下町(現在の仙台市青葉区)の北に位置する北山丘陵の東西に配置されました。

 

寺院が北山に配置された理由は、仙台城の※鬼門封じと奥州街道と根白石街道の※関門として、仙台城下を守るためだと考えられています。

※臨済宗…鎌倉仏教の1つ。座禅によって悟りを開くことが、浄土へつながるという教え。鎌倉幕府に保護され、武家社会に広く浸透していった。

※鬼門(きもん)…鬼(邪気)が出入りする方角。北東の方角で十二支でいう丑と寅の間の艮(うしとら)の方角のこと。

 

関門(かんもん)…関所(交通の要所に設置された検問のための施設)の門。

北山五山 地図

最寄りはJRもしくは市営地下鉄「北仙台駅」。閑静な住宅街を歩くこと約5分、木々が茂る森がみえたら北山五山です。

政宗は「資福寺(しふくじ)」「覚範寺(かくはんじ)」「東昌寺(とうしょうじ)」「光明寺(こうみょうじ)」「満勝寺(まんしょうじ)」の5つの寺院を創建し、仙台城下の五山としました。

※満勝寺は北山から移り、現在は青葉区柏木にあります。

 

北山五山(きたやまござん)という名称は江戸時代にはなく、もともとの「伊達五山(だてござん)」が北山に移ったことで、明治以降に付けられた名称といわれています。

北山五山を紹介する前に、まずは「伊達五山」とは何かひも解いていきましょう。

伊達五山とは?

「伊達五山(だてござん)」は福島県伊達郡に建立された、5つの臨済宗のお寺です。初代~3世まで伊達氏の菩提寺というのはありませんでしたが、仏教に帰依していた伊達氏4世・伊達政依(だて まさより)が自身の菩提寺「東昌寺」(とうしょうじ)を創建。

伊達家最初の菩提寺となります。

※菩提寺(ぼだいじ)…お寺の土地に先祖代々の墓があり、法要を営むお寺のこと

同時に政依は初代夫妻の寺として「光明寺(こうみょうじ)」と「満勝寺(まんしょうじ)」、両親のお寺「観音寺」「興福寺(光福寺)」、自身の菩提寺「東昌寺」を含め計5つの寺院を創建。

鎌倉や京都の五山にならい、「東昌寺」「光明寺」「満勝寺」「観音寺」「興福寺(光福寺)」を”伊達五山”と称しました。

 

その後伊達五山は、福島県伊達、宮城県岩出山と、伊達家の本拠地とともに移動。

仙台開府の際に現在の仙台市青葉区北山に落ち着き、以後「伊達五山」から「北山五山」と呼ばれるようになります。

 

伊達五山のうち「観音寺」と「興福寺」は廃れましたが、「資福寺(しふくじ)」が吸収。さらに資福寺から「覚範寺(かくはんじ)」が別れました。

そのため現在「北山五山」と呼ばれるのは、「東昌寺」「光明寺」「満勝寺(はじめは北山にあったが、後に北八番丁に移動)」、そして「資福寺」「覚範寺」を合わせた5つの寺です。

 

唯一「観音寺」は江戸時代に再興し、福島県伊達郡桑折町の指定有形文化財として現在も残っています。

輪王寺は北山五山?

輪王寺 参道

出典:PIXTA(輪王寺の参道)

「伊達五山」はすべて臨済宗の寺院です。しかし「北山五山」の一つである満勝寺は、寛文7年(1667)に北山から仙台市青葉区柏木地区へ移転しています。

そのため北山にある曹洞宗の「輪王寺」を加え、北山五山とする場合があるようです。

 

しかし「北山五山」は臨済宗の寺院のみで、輪王寺は曹洞宗。一般的に輪王寺は「北山五山」に含まれません。

が同じ北山にあります、せっかくなので「輪王寺」もご紹介いたします。

① 初代伊達家当主夫人の菩提寺「光明寺」

光明寺 境内入口

「光明寺(こうみょうじ)」は、弘安6年(1283)現在の福島県伊達郡国見町に創建されました。ご本尊は千手観音。山号は松蔭山で、仙台藩の一門格の寺院です。

伊達家初代当主である、伊達朝宗(だて ともむね)夫人の※菩提寺。慶長9年(1604)現在の北山に移転しています。

支倉常長の墓がある

支倉常長の墓

光明寺には慶長18年(1613)に慶長遺欧使節(けいちょうけんおうしせつ)として、石巻からメキシコやスペイン、ローマへ渡航した支倉常長(はせくら つねなが)の墓があります。

 

右の四角い石碑は、使節団の案内人を務めたルイス・ソテロの記念碑です。

【光明寺の基本情報】

所在地:

〒981-0916 仙台市青葉区青葉町3-1

アクセス:

<電車>

JR仙山線「北仙台駅」から徒歩で約5分

仙台市営地下鉄 南北線「北仙台駅」から徒歩で約5分

<車>
東北自動車道 仙台宮城I.Cから車で約20分

駐車場:

無料/数台

② 伊達家最初の菩提寺「東昌寺」

東昌寺山門

「東昌寺(とうしょうじ)」は、弘安6年(1283)福島県伊達郡桑折町に創建されました。

五山の筆頭格で、ご本尊は釈迦牟尼仏。山号は無為山で、仙台藩の一門格寺院です。

 

東昌寺は伊達氏4世・伊達政依(だて まさより)の菩提寺であり、伊達家最初の菩提寺でもあります。

伊達家と共に福島県桑折から、山形県米沢へ。その後は宮城県岩出山に移り、慶長5年(1600)現在の北山に移っています。

政宗が植えたマルミガヤ

東昌寺 かやのき

幹周5.3m、樹高17.5m

東昌寺には、政宗が仙台城の鬼門よけとして植えたとされる巨大なマルミガヤがあります。推定樹齢は、なんと500年! 平成7年(1995)国の天然記念物に指定されました。

マルミガヤの実は「御前榧(ごぜんがや)の実」として重宝され、代々藩主の食用とされていたようです。

青葉神社の創建による影響

青葉神社 仙台

出典:PIXTA(青葉神社)

もともと仙台城内にあった青葉神社は廃城と共に消滅しますが、明治6年(1873)仙台市の北山に創建されます。これに伴い、東昌寺は境内の西側3分の2を青葉神社に提供。

その後東昌寺は、満勝寺跡地だった東側に建物を移しています。

【東昌寺の基本情報】

所在地:

〒981-0916 仙台市青葉区青葉町8-1

アクセス:

<電車>

JR仙山線「北仙台駅」から徒歩で約8分

仙台市営地下鉄 南北線「北仙台駅」から徒歩で約8分

<車>
東北自動車道 仙台宮城I.Cから車で約20分

駐車場:

無料/約10台

③ 政宗の父の菩提寺「覚範寺」

覚範寺

「覚範寺(かくはんじ)」は天正14年(1586)に、伊達政宗によって現在の山形県米沢市遠山町に創建されました。

ご本尊は聖観音で、政宗の父・輝宗(てるむね)の菩提寺です。山号は遠山(えんざん)で仙台藩の一門格寺院。政宗の師である虎哉(こさい)和尚が開山始祖となっています。

 

伊達家と共に米沢から岩出山、仙台愛宕山へと移りました。

しかし御小人騒動や山火事、放火などで何度も焼失にあいながらも、そのたびに再建。

北山へ移り現在に至っています。本堂は、昭和42年(1967)に再建されたもの。

保春院(義姫)の墓

 丸の内に竪三つ引き両003

覚範寺には、政宗の母・保春院(ほしゅんいん)が眠っています。左の大きな石塔は、政宗の3男で黒川城主の伊達宗清(だて むねきよ)の供養塔です。

【覚範寺の基本情報】

所在地:

〒981-0931 仙台市青葉区北山1丁目12-7

アクセス:

<電車>

JR仙山線「北仙台駅」から徒歩で約13分

仙台市営地下鉄 南北線「北仙台駅」から徒歩で約13分

<車>
東北自動車道 仙台宮城I.Cから車で約20分

駐車場:

無料/約8台

④ あじさいの名所「資福寺」

伊達五山

「資福寺(しふくじ)」は、鎌倉時代の弘安年間(1278~1287)に鎌倉幕府の御家人である長井時秀(ながい ときひで)が、現在の山形県高畠町(たかはたまち)に建立しました。

長井氏は伊達氏に滅ぼされ、その後は伊達氏の保護を受けます。山号は慈雲山で、ご本尊は観世音菩薩。仙台三十三観音の第三番札所です。

 

元亀3年(1572)政宗の父である伊達輝宗(だて てるむね)が、美濃から虎哉和尚を招いて住職としました。

伊達家と共に山形県高畠から宮城県岩出山、仙台東6番丁を経て寛永15年(1638)現在の北山に移っています。

資福寺は「あじさい寺」

資福寺のアジサイ

出典:PIXTA

資福寺は、通称「あじさい寺」とも呼ばれ、境内に咲く※紫陽花は、およそ1200株もあり全国的に広く知られ親しまれています。

6月から7月の梅雨時期が見頃です!

【資福寺の基本情報】

所在地:

〒981-0931 仙台市青葉区北山1-13-1

アクセス:

<電車>

JR仙山線「北仙台駅」から徒歩で約14分

仙台市営地下鉄 南北線「北仙台駅」から徒歩で約14分

<車>

東北自動車道 仙台宮城I.Cから車で約20分

駐車場:

無料/約50台

⑤ 伊達家初代当主の菩提寺「満勝寺」

満勝寺 参道入口

「満勝寺(まんしょうじ)」は弘安6年(1283)に創建された、伊達氏初代当主の伊達朝宗(だて ともむね)の菩提寺。

伊達家4代当主の伊達政依(だて まさより)により、現在の福島県伊達郡桑折町に創建とされています。

 

ところが、近年の調査で伊達政依以前に満勝寺が建立されていたのが明らかになったそうです。

伊達五山の一つでご本尊は聖観音。山号は當午山で伊達藩の一門格寺院です。

満勝寺の鬼瓦

満勝寺 鬼瓦

満勝寺の見どころは、何といってもこの大迫力の鬼瓦です。写真上の鬼瓦は以前本堂に設置されていたもので、境内の入口に置かれており間近でみられます。

建物のあちこちに鬼瓦があるので、ぜひ探してみてくださいね。

満勝寺の庭園

満勝 庭園

また満勝寺には庭園があります。周囲は住宅街に囲まれていますが、境内は静かで心が落ち着きます。正面にみえる朱色の鳥居は山王大権現社。

【満勝寺の基本情報】

所在地:

〒981-0933 仙台市青葉区柏木3-5-13

アクセス:

<電車・バス>

JR仙山線 「北山駅」より徒歩13分
仙台駅前より仙台市営バス「子平町・壽徳寺前行」に乗車(約37分)「子平町龍雲院前」で下車し徒歩5分

<車>

東北自動車道 仙台宮城ICから約14分

駐車場:

無料/約30台

伊達家9代当主夫人の菩提寺「輪王寺」

輪王寺 参道

「輪王寺(りんのうじ)」は嘉吉元年(1441)、伊達家11代当主の伊達持宗(だて もちむね)が伊達家9代当主の伊達政宗(大膳大夫)夫人の菩提寺として、福島県伊達郡梁川に創建しました。

 

伊達家の移封に伴い、創建地の福島梁川から→福島西山→山形米沢→福島会津→山形米沢→宮城岩出山→仙台へと、伊達五山と同様に移動を繰り返します。これを「輪王寺の六遷」と呼び、慶長7年(1602)現在の北山の地に落ち着きました。

 

輪王寺は曹洞宗のお寺で、ご本尊は釈迦牟尼仏。仙台藩の一門格寺院です。

伊達政宗夫人・愛姫(めごひめ)の母と、政宗の8男・竹松丸(たけまつまる)の墓があります。また赤痢菌の発見者である志賀潔(しが きよし)の墓と、白虎隊の生き残り飯沼貞吉(いいぬま さだきち)の墓もありますので、ぜひ一度訪れてみてください。

輪王寺の三重塔と日本庭園

輪王寺

出典:PIXTA

輪王寺の見どころは、池泉回遊式庭園。有料ですが一見の価値ありです。

・開園時間…8:00〜17:00(年中無休)

・拝観料…1名様 300円(小学生未満無料)

輪王寺のロバさん

輪王寺ロバ

輪王寺には可愛いロバがいます。さて、どこにいるのでしょう。ロバの名前が面白いので探してみてくださいね。

【輪王寺の基本情報】

所在地:

〒981-0931 仙台市青葉区北山1丁目14-1

アクセス:

<電車>

JR仙山線「北仙台駅」から徒歩で約15分

仙台市営地下鉄 南北線「北仙台駅」から徒歩で約15分

<車>

東北自動車道 仙台宮城I.Cから車で約20分

駐車場:

無料/約80台

北山五山はつながってる!?

仙台北山丘陵

「伊達五山」の流れを汲む、江戸時代の北山五山。まるで現在の転勤族のようでお寺の関係者も、さぞかし大変だったことでしょうね。特に6回もの移転を繰り返した輪王寺は感慨深い思いを感じます。火災で焼失しても再建してきた政宗ゆかりの北山五山に、あなたも参拝に訪れてみてはいかがでしょうか。

 

それぞれの寺院の正面から参道を通って行くのが通常だと思います。しかし! 実は裏にある北山の尾根を進んでいくと、それぞれ5つの寺院に行けるのです。

こういう北山五山の楽しみ方もありますので探してみてくださいね。

東昌寺
このまとめが気に入ったら
「いいね!」をしよう

関連する記事

この記事のキーワード

stingray
stingray

札幌出身で趣味はギター。前職の転勤で仙台に移り住み、気が付いたらもう30年になります。仙台は海の幸や山の幸も美味しく、とても暮らしやすい所です。そんな仙台の魅力や地元ならではの情報をお届け致します。