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「仙台城(青葉城)」伊達政宗が築いた最後の砦!仙台のお城巡り⑥

2021/09/29 更新

戦国時代は武将として、江戸時代には仙台藩の為政者として、数々の戦歴や功績を残した伊達政宗。そんな政宗が造営した仙台城は、明治維新までの約260年間、藩政の中心地として機能し、歴代藩主が住んでいました。そんな仙台城跡の見どころや、歴史をご紹介します。

アイキャッチ画像出典:撮影:編集部
記事中画像出典:撮影筆者

伊達政宗ってどんな人?

仙台城址 伊達政宗公

撮影:編集部(眼帯が装着された記録はなく、騎馬像の政宗公も眼帯はしていない。)

いまや仙台市の観光名所となっている「仙台城(せんだいじょう)跡」。

およそ420年前の戦国時代末期、奥羽(現在の東北)の戦国武将・伊達政宗(だて まさむね)公が造営したお城です。

 

仙台城を紹介する前に、まずは政宗公の生涯をざっくりご紹介します。

戦国武将として奥州を駆け抜ける

鶴ヶ城

出典:PIXTA(鶴ヶ城/会津若松城)一時期は会津まで伊達氏の勢力を拡大させた。

戦国時代後期の永禄10年(1567)、現在の山形県米沢で生まれた伊達政宗公。

幼少期に天然痘にかかり右目を失明、これが後世に独眼竜と呼ばれる所以となります。

 

天正12年(1584年)18歳で一族の当主となると、次々と勢力を拡大させていきます。

そして家督相続からわずか5年で、伊達氏の歴史史上最大の領土を得て、※南奥羽(山形県、宮城県、福島県の一部)の覇権を握りました。

 

その後1590年の小田原合戦を機に、豊臣秀吉、そして徳川家康に服属します。

表向きは天下人の指示に従っていた政宗公ですが、混乱に乗じて領土拡大を図るなど、天下への野心を燃やし続けていました。

江戸時代では、国内統治に長けた名君

仙台藩外桜田上屋敷跡

出典:PIXTA(東京都日比谷公園内にある「伊達政宗終焉の地」)

江戸時代になると、政宗公は仙台藩62万石を治める初代仙台藩藩主となります。

それまで戦を指揮していた政宗公ですが、政治家としての手腕も備えていました。

 

城下町の整備や治水工事も行うなど、藩の事業を拡大させていきます。

とくに新田開発に力を注ぎ、江戸が急激な人口増加で米不足になった際は、仙台領の米を江戸に出荷し、江戸の米消費量の3分の1を仙台藩米が賄っていた、という話があるほど。

 

幕府が開かれたことで江戸の人口増加する、と先を読んでいたからこそ、政宗公はいち早く新田開発に取りかかったのではないか? とも言われています。

現代に政宗公がいたら、すごい経営者になっていたかも…。

 

戦国時代は武将として、平和になった江戸時代には為政者として、数々の功績を残した政宗公。

寛永13年(1636)政宗公は満70年の生涯を、江戸城下の藩邸で閉じます。隠居することなく、生涯現役を貫きました。

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佐々木ひとみ, 鈴木 淳子
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波乱に満ちておもしろい! ストーリーで楽しむ伝記
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岩崎書店
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224p

政宗公は「いつ」「なぜ」「この場所に」仙台城を築いたのか?

仙台城 本丸跡

撮影:筆者(仙台城本丸跡からの眺め)

現在の仙台市青葉区川内にある青葉山(あおばやま)に築かれた「仙台城」。幕末までのおよそ260年余、藩政の中心地として機能していました。

 

では政宗公は、いつ、なぜ、この場所に仙台城を築こうと決めたのでしょうか? その理由を紐解いていきたいと思います。

仙台城は「いつ」築かれた?

仙台城跡 二の丸

撮影:編集部(二の丸)

仙台城が造営される前、政宗公は現在の宮城県大崎市にある「岩出山城」を居城としていました。岩出山城については、下の記事をご覧ください。

 

慶長5年(1600)※関ヶ原の戦い後、政宗公は徳川家康の許可を得て「仙台城」の築城をはじめます。

同年、青葉山で縄張(城の設計)をはじめ、地名を千代→仙臺(新字体は仙台)と改めました。

 

城の縄張とともに城下町の町割を行い、領民を岩出山から移住させたそうです。

そして翌年の慶長7年(1602)年に仙台城は一応完成したとされ、慶長8年(1603)に政宗公が入城します。

※関ヶ原の戦い…豊臣家の天下を守りたい石田三成(西軍)と、ひそかに天下を狙う徳川家康(東軍)が衝突した戦い。東軍の勝利で終わる。伊達氏は徳川についた。

なぜ「仙台城」をつくった?

仙台城址へ続く道

撮影:編集部(仙台城内に残る石垣)

中央で徳川家康と石田三成が激突した、1600年の関ヶ原の戦い。

このとき奥州では、のちに”北の関ヶ原”と呼ばれる、徳川側の伊達氏と反徳川である会津の上杉氏による戦が起こっていました。

 

この戦いの最中、政宗公はもともと伊達氏の領地であった「白石城(しろいしじょう)」を、上杉氏から奪還しています。

白石城については、下記記事をご覧ください。

 

その後関ヶ原合戦の勝敗を聞き、上杉氏は撤退。政宗公は再び起こるであろう上杉氏との合戦に備え、山城が必要だと考えたようです。(実際は起こりませんでした)

なぜ「仙台」を選んだ?

仙台平野

出典:PIXTA(仙台平野)

岩出山城は領地の北に位置していたため、領主として統治するのにいささか不便な地でした。
そこで政宗公は、領地のほぼ中央に位置する仙台に目をつけます。

 

奥羽街道に接しており交通の便がいい、なおかつ広大な仙台平野を前に控えた地形は、大都市への発展の可能性が備わっていました。
仙台は経済の中心地としても適しており、領主の居城として十分な条件がそろっていたのです。

なぜ「青葉山」を選んだ?

先代上石垣

出典:PIXTA

さらに青葉山は、天然の要害でした。西、南、北の3方向は、人も馬も通れない山林が生い茂り、大軍が攻めてくると思われる東側は、高さ64mの断崖が続いています。
しかも崖の前には広瀬川が流れ、天然の堀となっており、守りやすく攻め難い「山城」にうってつけの場所だったのです。

 

しかし江戸時代になると、仙台城の砦としての機能は不要となり、平野部に二の丸、三の丸が造営されます。
以降、本丸が使われる頻度は減り、政務や居住は二の丸が中心となりました。

仙台城の規模と現在の姿

仙台城 地図

撮影:筆者

仙台城の広さは、東西約245m、南北約267m。坪数では約2万坪といわれ、当時としてはかなり大規模な城だったようです。

 

本丸には、詰ノ門左右に脇櫓(わきやぐら)、東北の隅に艮櫓(うしとらやぐら)、東南の隅に巽櫓(たつみやぐら)など三重の櫓、西には酉ノ門(とりのもん)の二重櫓が建てられ、藩主としての権威を示しました。

仙台城への道中にある、再建された脇櫓

仙台城 大手門脇櫓

撮影:編集部(仙台城跡へ向かう途中にある「大手門脇櫓/おおてもんわきやぐら」)

写真上は登城路にある、再建された「大手門」の脇櫓(わきやぐら)。

大手門は二階建の瓦葺屋根、脇櫓は一部二階建で、壁や柱を白漆喰(しろしっくい)で塗りこめた総白壁造でした。

 

両方とも昭和20年の空襲で焼失しましたが、昭和42年に脇櫓のみが再建され、在りし日の仙台城を現在に伝えています。

 

■大手門の復元計画が進行中

大手門脇櫓と道路

出典:PIXTA(大手門の脇櫓)

仙台市教育委員会は、2020年11月に仙台城跡の2021年度~2038年度の整備基本計画で、最終年度までに大手門復元の中間案を公表しました。

2031年度に復元整備の基本設計に着手し、完成まで最長7年を見込むとしています。

 

郡仙台市長は大手門復元に関し「気持ちとしては、仙台藩祖伊達政宗の没後400年の節目を迎える、2036年度に復元を完了できればいい」とコメントしました。

2021年度から大手門跡地周辺を含む一帯の発掘調査に初めて着手するそうです。

豪華絢爛な「大広間」があった

仙台城 再現された大広間
撮影:筆者(再現された大広間)

仙台城に”天守”は設けられませんでした。

家康公に敵意がないことを示すため、そもそも戦のない江戸時代に天守は不要だったなど、その理由は諸説あります。

 

天守の代用というわけではありませんが、城の中心施設として慶長15年(1610)本丸の北部に「大広間」という建物が設けられました。

藩主が家臣と対面する場所で、内部は豪華な障壁画や飾金具で装飾されており、桃山様式の豪華絢爛なものだったようです。

 

■VRで江戸時代の仙台城へ!

仙台城本丸大広間跡 遺構表示

撮影:編集部(現在の大広間跡)

現在の本丸跡には、大広間の大きさや間取りを再現するため、遺構の上に各部屋の配置や柱の位置などを表示しています。

 

また敷地内にある「青葉城資料展示館」では、VR(仮想現実)で大広間の内部を再現した「仙台城VRゴー」を実施。

実際に跡地に立ちVRのゴーグルをつけると、当時の様子が360度で再現され、当時にタイムスリップしたかのような感覚を体験できます。

 

※現在仙台城VRゴーは、予約でのみ受付中。詳しくは下記HPをご確認ください!

仙台城VRゴーの公式HPはこちら

■城内には、政宗公の愛した能舞台が設けられた

能楽

出典:写真AC スタジオ・ミーツさん(写真はイメージです)

また大広間の前面には、能舞台が設けられました。

 

政宗公は能に対する想いを強く、奥小姓の一人を一流の能役者に育て上げ、3代将軍・徳川家光公の御前で「実盛(さねもり)」を舞わせたほど。

この時、政宗公自身も太鼓をうち、家光公を感心させたというエピソードがあります。

仙台城跡・本丸周辺の見どころ

ここまで仙台城の歴史、城の構造などをご紹介しました。続いて現在は跡地となっている、仙台城本丸周辺の見どころをみていきたいと思います。

① 壮大すぎる石垣

仙台城 石垣

出典:PIXTA

仙台城 石垣

■高さ17メートルの石垣

仙台城跡の見どころといえば、この壁のように切り立つ石垣。石垣の勾配は約70度、高さは最高でなんと17mほど!

 

築城から420年あまり、仙台城は度重なる地震で被災し修復されてきました。現在の石垣はⅢ期と呼び、2004年に修復され現在に至っています。

ドドーンとそびえ立つ石垣は圧巻で美しい反りが魅力です。

② 広すぎる大広間

仙台城 大広間

撮影:筆者

上段の間 仙台城大広間

撮影:筆者(政宗公が座られた「上段の間」)

先ほど紹介した「大広場」の跡は、伊達政宗騎馬像の西側にあります。

本丸の中心的な建物として、慶長15年(1610)に完成。約430畳の広さを誇り、あまりの広さから”千畳敷”と言われたほど。

 

藩主が座る「上段の間」や天皇や将軍が使う「上々段の間」など、部屋が14つありそれぞれ名前が付けられていました。

大広間跡には、各部屋の位置と名前がわかるように表示されています。ぜひ足元をみてみてくださいね。

仙台城 大広間 VR

撮影:筆者
またiPhoneやスマートフォンをお持ちの方は、QRコードを読み込みVRで再現された仙台城の大広間をみてみましょう!

大広間だけでなく、藩政時代の仙台の街並みもみることができます。現在の景色と見比べてみるのも面白いですよ。

③ 仙台市街地を一望

撮影:編集部

仙台城・本丸跡 展望台

撮影:編集部

仙台城跡の標高はおよそ130m。本丸跡から望む仙台市街の街並みは、美しく壮観です。

北側からは泉ヶ岳や仙台大観音。東側には、仙台市内中心部のビル群や遠くに太平洋がみえます。

仙台城の石垣

撮影:筆者

筆者の個人的なオススメは、上からみる石垣。みえるポイントがあるので、ぜひ探してみてくださいね。

④ 伊達政宗公の騎馬像

仙台城 伊達政宗騎馬像

撮影:編集部

ライトアップされる伊達政宗像

出典:PIXTA

現在の伊達政宗騎馬像は、騎馬像としては2代目(政宗像としては3代目)で昭和39年(1964)に設置されました。高さは台座を含めると約9.2m。

夜間は日没から23:00まで、騎馬像と本丸北壁石垣がライトアップされます。

 

※駐車場は18:00以降無料です。

政宗の騎馬像 台座

撮影:筆者

■騎馬像の台座にも注目!

写真上のレリーフは、サンファンバウティスタ号でヨーロッパに向かう支倉常長(はせくら つねなが)とソテロを見送る政宗公の姿です。

政宗公に見送られた常長は太平洋を渡り、メキシコを経てスペインに至り国王フェリペ3世に謁見、さらにローマに入り教皇パウロ5世に拝謁しました。

 

レリーフは全4枚あり、政宗公の生涯を4期にわけて描いています。元服、秀吉の命による朝鮮出兵、60歳のときに朝廷から授けられた権中納言従三位の政宗公。

ぜひ騎馬像の下にも目を向けてみてくださいね!

石巻 サンファン館

撮影:筆者

ちなみにサンファンバウティスタ号は、石巻市にある「サン・ファン館」で復元船をみることができます。※復元船の展示は、2021年秋頃から解体がはじまります。

 

■三の丸(仙台市博物館)にある”初代”伊達政宗公の胸像

伊達政宗の胸像

撮影:編集部

こちらは本丸跡ではなく、三の丸にある初代の”元騎馬像”。昭和10年(1935)に政宗公没後300年を記念して建立されました。

しかし日本は戦争により物資不足に陥り。国は昭和16年(1941)に金属類回収令を発令。政宗公の騎馬像は、昭和19年(1944)に回収され仙台城から姿を消してしまったのです。

 

ところが戦後の昭和20年(1945)、塩釜市で政宗公の騎馬像が発見されます。騎馬像でしたが、残っていたのは上半身のみ。

現在は”伊達政宗胸像”として、三の丸に建つ「仙台市博物館」の庭に設置されています。

 

ちなみに2代目の伊達政宗像は、宮城県大崎市の「岩出山城跡」にあるので、そちらも合わせてチェックしてみてくださいね!

⑤ 仙台城を知る「青葉城資料展示館」

青葉城資料展示館 入口

撮影:編集部

本丸跡にある「青葉城資料展示館」。伊達政宗公の生涯及び、伊達家や仙台藩、仙台城に関する実物の資料やパネル、模型などを展示しています。

 

CGシアターもあり、本丸大広間落成400年記念としてハイビジョンの新CG映像『仙臺城』を上映。

仙台城の内部を映像で再現しており、みた後に本丸を散策してみると、「ここがあの場所だったのか!」と感慨深く感じるはずです。

 

さらに、専用スコープを付けて仙台城の360度パノラマ画像が楽しめる「仙台城VRゴー」も体験できますよ。

【青葉城資料展示館の基本情報】

開館時間:

・4/1~11/3

9:00~17:00(受付終了16:30)

・11/4~3/31

9:00~16:00(受付終了15:30)

※閉館時間は季節や天候により早まることがあります。

休館日:

なし

入館料:

大人700円、中高生500円、小学生300円

 

【仙台城VRゴー体験】

VR体験時間:

約20分

体験料:

大人500円、中高校生400円、小学生300円

入館料+VR体験セット

大人1000円、中高校生800円、小学生500円

休み:

1月1日~1月5日

⑥ 護国神社

宮城県護國神社

撮影:編集部

仙台城跡 博物館

撮影:筆者

本丸跡内にある「宮城県護国神社」は、明治37年(1904)に※招魂社(しょうこんしゃ)として創建されました。

尊い生命を御国に捧げられた、郷土出身者の御霊を祀っています。

 

昭和20年(1945)の仙台大空襲により、社殿が全焼。昭和33年(1958年)に伊勢神宮の別宮「風宮(かぜのみや)」の旧社殿を移築し、復興を果たしました。

 

境内には平成16年(2004)に開館した「英霊顕彰館(えいれいけんしょうかん)」があり、戦争の歴史や遺品などを展示しています。

【英霊顕彰館】

開館時間:

[4月~9月] 9:00~17:00

[10月~3月] 9:00~16:00

入館料:

大人300円、中高生200円、小学生100円

 

※招魂社(しょうこんしゃ)とは…明治維新前後から国家のために殉難した人の霊を祀る神社のこと。

仙台城の行き方!4つのアクセス方法を紹介

仙台城本丸へ至るルートは大きく2つあります。

・1つは、大手門・中門を通るルート。

・2つは巽門・清水門・沢門を通るルート。

 

これからご紹介する①、②、④のアクセス方法は、1つ目の大手門・中門を通るルート。

③のみ、2つめの巽門・清水門・沢門を通るルートになります。一般的なのは1つ目の大手門を通るルートです。

アクセス① 仙台駅西口からバス(るーぷる仙台)に乗り、「仙台城跡」で下車

仙台城址を走る るーぷる仙台 

撮影:編集部(仙台駅西口から出ているるーぷる仙台。仙台城跡で下車。)

仙台駅 バスプール乗り場へ続く階段

撮影:編集部(るーぷる仙台のバスターミナル)

一般的で、かつ一番楽な方法です。仙台駅西口バスターミナル16番のりば(るーぷる仙台のマークが入った赤いバス停)から、仙台市交通局バス「るーぷる仙台」に乗車します。

「仙台城跡」で下車し、仙台城跡まで徒歩約2分。

 

【るーぷる仙台の基本情報】

運賃:

大人 260円(12才以上)小児 130円(12才未満)
運行本数:

平日(8月を除く) 9:00から20分間隔で運行。最終便は仙台駅16:00発

土日祝日(8月を含む)9:00から15分間隔で運行。最終便は仙台駅16:00発

 

平日20分間隔運行ダイヤはこちら

土日祝日15分間隔運行ダイヤはこちら

 

所要時間:

仙台駅から仙台城跡までのバス乗車時間は約23分。

アクセス② 地下鉄東西線「国際センター駅」で下車し、徒歩で向かう

仙台国際センター駅

撮影:編集部

国際センター駅から徒歩で本丸を目指します。道中にはフィギュアスケート発祥の地の象徴である「五色沼」、「大手門脇櫓」、仙台城の石垣などがみられます。

 

1. 「国際センター駅」西出口1を出たら、駅を背に左に進んでください。右手に史跡の「扇坂(おおぎざか)」があり、上っていくと「仙台城二の丸広場」へ出ます。二の丸経由でも本丸へ行くことは可能です。

2. 扇坂を上らずそのまま直進していくと、左手に国際センター展示棟がみえてきます。

5. そのまま進むとY字路になりますが真っすぐ進みましょう。

仙台城 大手門脇櫓

撮影:編集部(大手門脇櫓)

6. 大きな道路に出て、向かいに大手門脇櫓がみえてきます。下の方には、フィギュアスケート発祥の地「五色沼(ごしきぬま)」があるので、体力に余力があれば大手門脇櫓の左へ進み、坂を下ってみてください。

 

仙台市 五色沼

撮影:編集部

7. 横断歩道を渡り、大手門脇櫓の右脇を通り、道なりに歩いていきます。

8. 歩道の山道をしばらく上り、大きなカーブのところにみえてくるのが「仙台城北壁の石垣」です。

仙台城址 入口

撮影:編集部

9. さらに上っていくと左手に「本丸詰ノ門跡(ほんまるつめのもんあと)」がある宮城県護国神社の鳥居がみえてきます。

10. 鳥居をくぐって真っすぐ進めば、到着です!

仙台駅から国際センター駅まで約5分、運賃は210円。

国際センター駅から仙台城跡まで、距離は約1.0km。所要時間は17~20分ほど。

アクセス③ 「仙台市博物館」の裏手から徒歩で向かう

伊達政宗公の胸像

撮影:編集部(伊達政宗公の胸像)

残月亭

出典:PIXTA(残月亭)

仙台市博物館は、もともと仙台城の三の丸があった地で、周辺にはさまざまな遺構が残されています。

伊達政宗胸像や残月亭、三の丸東側土塁、巽門跡、清水門跡、造酒屋敷跡、三の丸堀跡の長沼、石垣などがみられますよ。

仙台市博物館

撮影:編集部

1. 仙台市博物館の正面左側へいくと、伊達政宗胸像などが建っています。仙台城本丸跡の標識があるので、矢印に従いそのまま山道を進みましょう。

巽門跡 仙台城

撮影:筆者(巽門跡)

2. 巽門(たつみもん)跡を通ると、造酒屋敷跡がみえてきます。

仙台城 清水門跡

出典:PIXTA(清水門跡)

3. そのまま登っていくと、清水門(しみずもん)跡の石垣が登場。

仙台城址へ続く道

撮影:編集部(けっこうキツイ)

4. そのまま道なりに、くねくねと曲がった山道を登って行きましょう。道沿いには石垣が続いており、なかなか雰囲気あり!

仙台城址 沢門跡

撮影:編集部

5. 沢門(さわのもん)跡で大手門から来る道とつながります。

6. ここから遊歩道になっていますので、さらに登るとみえるのが仙台城北壁の石垣です。

7. 真っすぐ登っていくと左側に宮城県護国神社の鳥居がみえてきます。

8. 鳥居をくぐって真っすぐ進みましょう。

9. 左手に広がっているエリアが仙台城跡です。

 

このルートは山道で登り坂しかありませんので、正直ちょっとキツイ……。

筆者個人的には行はラクして仙台城跡へ行き、帰りにこのルートを通り博物館周辺を散策してみるのがオススメです。

 

【仙台市博物館まで】
仙台市博物館へは、仙台駅から地下鉄東西線「八木山動物公園行」に乗車し(約5分)「国際センター駅」で下車して徒歩で向かうのが一番安くて早いです。
バスの場合は、仙台駅からるーぷる仙台に乗車し(約18分)「博物館・国際センター前」で下車して徒歩で約7分。

 

アクセス④ 車で直接本丸へ向かう

仙台城 駐車場

撮影:筆者

1. 仙台駅から青葉通りを西に進みましょう。

2. 西公園から広瀬川にかかる大橋を渡ります。

3. 五色沼を過ぎて大手門脇櫓を左折。

4. 本丸の北壁石垣を進みます。

5. 詰ノ門を過ぎて本丸の北西石垣をさらに上へ。

6. 西ノ門跡を過ぎて右カーブを進みます。

7. 青葉城駐車料金所の看板がみえてきます。

 

駐車料金は前払い制。駐車場入口で係員に500円渡して駐車券を受け取ります。

帰りに駐車券を係員に渡して差額分を精算しましょう。

 

また仙台市博物館には、無料駐車場(約50台)があります。こちらから③のルートを通り、徒歩で仙台城跡に行くという方法もあり。

【青葉城駐車料金所の基本情報】
所在地:

〒980-0862 仙台市青葉区川内1

営業時間:

8:30~17:00(土日祝日8:00~)

料金:

500円(最初の1時間まで)

200円(その後30分毎)

※18:00以降は無料

仙台城二の丸・三の丸・御裏林

仙台城跡で観光地化されているのは本丸のみですが、二の丸、三の丸へも時間があればぜひ足を延ばしてみてください。

二の丸

仙台城 二の丸跡

出典:PIXTA(二の丸にたつ支倉常長像)

二の丸は、仙台藩2代藩主伊達忠宗(だて ただむね)が寛永16年(1639)に造営しました。

造営後は、二の丸が藩政の中心となり幕末まで続きます。

 

二の丸の広さは、東西約310m、南北約200m。藩の実務を執り行う建物のほかに、藩主の居所も置かれ藩政の中心として機能していました。

明治15年(1882)火災により建物のほとんどが焼失。二の丸は本丸も含めて明治の初めに取り壊されたそうです。

 

現在の二の丸跡地は、東北大学の川内キャンパスとなっています。キャンパス内には、二の丸跡の説明プレートが付けられ仙台城二の丸広場や扇坂、支倉常長像などがあり名所となっているんですよ。

アクセス:国際センター駅から扇坂を上り、約5分

三の丸

三之丸 土塁

撮影:筆者(三の丸東側に残る土塁)

三の丸の広さは、東西約140m、南北約120m。水堀と土塁に囲まれていました。江戸時代の絵図の名称は東丸(ひがしまる)。

蔵屋敷、御米蔵の記載もあり、年貢米を貯蔵する蔵があったと考えられています。

 

発掘調査で出土したのが「※元和(げんな)」と記された木簡や、江戸時代初めの陶磁器類。

これにより政宗公の時代に、庭園や茶室を備えた屋敷が存在していたのではないか、と推測されています。

 

現在三の丸跡地には「仙台市博物館」があり、昭和61年(1986)に建設されたものです。

※元和…徳川家康の命により、1615年~1624年は「元和」という年号が用いられた。

元和は、9世紀の平安時代から16世紀の戦国時代まで断続的に続いた、日本列島における戦争状態の終わりと平和の始まりを意味する。

御裏林(おうらばやし)

御裏林は、仙台城の西側にある青葉山の深い山林のことをさしています。

深沢地区の谷頭付近から湧き出る清水で「御清水(おすず)」と呼ばれた本丸の水源があったため、江戸時代では仙台藩によって伐採や立ち入りを厳しく制限していました。

現在も石積みの水槽は現存しますが、非公開となっています。

 

御裏林一帯は、昭和33年(1958)に国の天然記念物「青葉山」に指定。現在は、東北大学植物園として管理され公開されています。

開園期間:

春分の日~11月30日

開園時間:

9:00~17:00

休園日:

毎週月曜日、夏季休園、臨時休園あり

※月曜日が「国民の祝日」あるいは振り替え休日の場合、開園します。その場合、翌日が休園日になります。

入園料:

大人230円、小中学生110円
※月曜日が「国民の祝日」あるいは振り替え休日の場合、開園します。その場合、翌日が休園日になります。
アクセス:
・仙台市地下鉄東西線「国際センター駅」下車、西1出入口より徒歩12分。
または【T03川内駅】下車、南2出入口より徒歩12分。
・仙台駅前」16番のりばから乗車、「⑤博物館・国際センター前」下車、徒歩12分。

東北大学植物園の公式はこちら

 

■伊達政宗公の城下町に泊まろう!

市街地中心には、設備の整ったビジネスホテルや、リーズナブルなカプセルホテル、天然温泉やお風呂が豊富なホテルなど、さまざまな宿泊施設があります。

ぜひチェックしてみてくださいね!

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仙台城は夜もGOOD!

仙台城跡 伊達政宗の騎馬像

撮影:編集部

仙台城へきたら、伊達政宗騎馬像の写真を撮りたい! と思っている方は多いはず。しかし、なかなかうまく撮影できないといわれています。

 

午後は逆光で顔が隠れてしまうので、撮影は午前中がオススメ。仙台城は騎馬像の夜のライトアップも良いのですが、仙台城からみる仙台市内の夜景もまたGOODですよ。

筆者がめぐった仙台市内のお城めぐり①~⑤はこちら

 

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仙台城 石垣
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札幌出身で趣味はギター。前職の転勤で仙台に移り住み、気が付いたらもう30年になります。仙台は海の幸や山の幸も美味しく、とても暮らしやすい所です。そんな仙台の魅力や地元ならではの情報をお届けいたします。

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