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「仙台七坂」をめぐろう!ぶらり城下町さんぽ【前編】

2021/04/12 更新

「仙台七坂」とは、藩政時代から仙台市内にある、代表的な七つの坂です。どのような理由で選定されたのか謎に包まれていますが、扇坂、大坂、藤ヶ坂、新坂、元貞坂、茂市ヶ坂、石名坂、以上7つの坂をそう呼んでいます。この記事では仙台七坂をめぐり、現在の姿と共に坂の歴史をお伝えします。

アイキャッチ画像:撮影 筆者
記事中画像:撮影 筆者

仙台七坂をご存じですか?

仙台七坂

仙台には古くから、仙台七坂や八小路、仙台七崎と称するところがあります。

そこで今回は、地元でもあまり知られていない「仙台七坂」をピックアップ!

藩政時代から呼ばれている七つの坂

「仙台七坂」とは江戸時代から呼ばれている、仙台市内にある七つの坂です。

・扇坂(おうぎざか)

・大坂(おおさか)

・藤ヶ坂(ふじがさか)

・新坂(にいざか)

・元貞坂(げんていざか)

・茂市ヶ坂(もいちがさか)

・石名坂( いしなざか)

 

この記事では、7つの坂を筆者がめぐり、仙台城から近い順にご紹介。現在の姿や歴史を、「前編」「後編」の2回に分けてお伝えいたします。

①「扇坂」は仙台城二の丸につながる坂

扇谷 仙台七坂

▲現在は階段

まずご紹介するのは「扇坂(おうぎざか)」。仙台七坂のなかで、唯一城内にある坂です。

青葉区の「仙台国際センター」展示棟付近から仙台城二の丸広場へ上るところにあります。

 

平成27年(2015)12月の仙台市地下鉄東西線の開業に合わせて、国際センターから萩ホールへの歩行者通路として階段が整備されました。

扇坂の由来

説明パネルによると、扇坂は千貫沢(せんがんざわ)にかかる筋違橋(すじかいばし)と大手門を結ぶ道から二の丸に上る坂で、末広がりの形状から「扇坂」と称されるようになったそうです。

扇坂は藩士の通勤ルート?

藩政時代の大手門は、藩主の出入りと特定の儀式日以外は門が閉ざされていました。

そのため藩士たちは、この扇坂と二の丸北方の千貫橋を仙台城二の丸への登城路として利用していたと考えられます。

 

つまり扇坂は、藩士たちにとって日々の通勤ルートだったのです。

扇坂は塞がれてしまった

仙台七坂 扇坂

佐々久(ささ ひさし)氏の著書『仙台あちらこちら(昭和57年発行)』によると、藩政時代の扇坂は今の道の谷をへだてた、南側の二の丸囲いの北側の崖ぶちにあった道に上る坂で、※第二師団司令部がこの道を塞いでしまったと記されています。

 

藩政時代は、現在の跡地とは異なる場所に扇坂があったようです。

※第二師団司令部…明治時代に日本陸軍が仙台に設立した師団。

扇坂を上ると仙台城二の丸広場

仙台扇坂 階段

扇坂を上ると東北大学の萩ホールがあり、周辺は仙台城二の丸広場となっています。

せっかくなので、扇坂からちょっと歩いて行ける名所をご紹介しましょう。

支倉常長像

仙台城 二の丸跡

▲写真右後方

扇坂から西へ4分ほど歩くと、※サン・ファン・バウティスタ号でヨーロッパへ渡った仙台藩の家臣・支倉常長(はせくら つねなが)の像があります。

※サン・ファン・バウティスタ号
支倉常長らの慶長使節団をのせて、太平洋を往復したガレオン船。
復元船を石巻市の「宮城県慶長使節船ミュージアム(サン・ファン館)」でみることができる。

大手門脇櫓

仙台城 大手門脇櫓

支倉常長像のすぐ近くにある大手門脇櫓(おおてもんわきやぐら)です。

現在の建物は昭和42年(1967)に再建されたもので、藩政時代にはこの右横に仙台城へ上る大手門がありました。

 

しかし昭和20年(1945)の仙台空襲で焼失してしまい、その姿は残っていません。

ところが仙台市は、2036年までに大手門を復元させると発表しています。十年以上先の話ですが……楽しみですね!

大手門脇櫓の対面側にある大手門北側の土塀

仙台城 石垣

大手門北側にある土塀(どべい)は、仙台空襲による被災を免れ、仙台城に現存する唯一の建造物とされています。

五色沼

仙台城 五色沼

▲この場所からスケートが広まったとされる。冬は湖面が凍結することも。

脇櫓から東に進むと仙台城の堀だった五色沼がみえてきます。日本フィギュアスケート発祥の地です。冬は写真の通り、湖面が凍結しています。

 

扇坂の基本情報

所在地:

〒980-0862 仙台市青葉区川内40

アクセス:

<電車>

仙台市地下鉄東西線「国際センター駅」から徒歩約2分

<車>

東北自動車道「仙台宮城I.C」から約9分

駐車場:

なし

近隣の有料駐車場をご利用ください。

②「大坂」は地下鉄の大町西公園駅から大橋へ

仙台 大阪

大阪ではありませんよ!

 

「大坂(おおさか)」は青葉通りの大町から、仙台城に通じる大橋まで続く下り坂のこと。

地下鉄東西線「大町西公園駅」の西出口1のすぐ近くに「大坂」「大町頭」と刻まれた辻標(つじしるべ)があるので、目印にしてください。

 

「大坂」の由来は明らかにされていませんが、大町から大橋までの坂なので「大坂」なのかもしれませんね。

大橋側からみる大坂

仙台 大阪

筆者がもつ『仙台市史 特別編7 城館』の付録「奥州仙台城絵図」をみると、大坂の部分は「坂」と記されていました。

 

現在と比べてみると絵図の道はかなり短く、大町方向に向かって北に曲がり、さらに途中から南に曲がり「くの字」のような坂道が描かれていました。

仙台七坂 大阪

現在はなだらかな坂ですが、藩政時代はかなり急な坂だったようです。

史料によると大町1丁目から橋まで坂を削り、真っ直ぐにしたのは明治以降のこと。幾度も坂を削り、現在の姿に至ったそうです。

大坂から下りて大橋と広瀬川をみよう

仙台 大橋

大坂側の大橋のたもとから、広瀬川の岸へ下りる道があります。

現在の大橋は昭和13年(1938)に架けられたもので、全長は約116mで幅が約11m。下から望む大橋は迫力満点です。

 

広瀬川の眺めもいいので、ぜひ!

仙台 大橋付近 キリシタン慰霊碑

こちらは広瀬川の岸に建つ「仙台キリシタン殉教碑」。

江戸幕府によるキリシタン弾圧により、仙台藩に捕らえられたポルトガル宣教師カルヴァリヨ神父と信徒ら9名が、大橋の下につくられた水牢に入れられ殉死したと伝えられています。

 

大坂の基本情報

所在地:

〒980-0805 仙台市青葉区大手町1-1付近

アクセス:

<電車>

仙台市地下鉄東西線「大町西公園駅」からすぐ

<車>

東北自動車道「仙台宮城I.C」から約7分

駐車場:

なし

近隣の有料駐車場をご利用ください。

③ 「藤ヶ坂」の目印は仙臺大神宮

藤が坂 仙台

▲現在は階段

次は「藤ヶ坂(ふじがさか)」に向かいました。

藤ヶ坂へは、青葉区片平丁の南町通りにある「仙臺大神宮」の向かいにある道を花壇方面に下ります

 

そのまま進むと、右手に藤坂神社がみえてきます。神社の左手にある階段が藤ヶ坂です。

上からみる藤ヶ坂

藤が坂 仙台

ここに藤の木があったので、藤ヶ坂と名前が付いたといわれています。

 

以前は、毎年5月上旬から5月下旬にかけて美しい藤の花が咲いていました。

現在は残念ながら藤の木はなくなってしまい、藤棚だけが残されています。

坂の中腹に鎮座する「藤坂神社」には、織姫が祀られている

坂の中腹あたりに鎮座する「藤坂神社(ふじさかじんじゃ)」。

この藤ヶ坂にちなんで付けられた名前だそうですが、「藤坂織姫神社」と呼ばれています。

 

なぜ織姫が祀られているのでしょうか?

工場に織姫が祀られていた!

仙台藤が坂

それには高級絹織物で知られる「仙台平(せんだいひら)」の袴や帯、羽二重などをつくっていた、小松機業場という工場が大きく関係しています。

 

この工場は、旧町名の良覚院丁(現在の片平丁)というところにありました。

当時、工場では染釜で染めた絹糸を広瀬川で洗っていたそうです。

 

その後、地元百貨店の藤崎が小松機業場に出資し、明治24年(1891)藤坂神社の向かい側に藤崎織工場を設立します。

上の地図(仙台地図さんぽ「仙台市地図 大正元年初版」)にも、藤崎織工場の名前が記されていますね。

 

織姫を祀ったのは、この藤崎織工場がはじまり。そして時が経ち、織姫は工場から藤坂神社へ遷されたといいます。

神社は仙台空襲の戦火からも奇跡的に免れ、昭和31年(1956)地元民により現在の場所へ移設されたそうです。

藤ヶ坂は観光ルートだった!?

昭和11年(1936)、広瀬川河畔の評定河原(青葉区花壇)に全国で11番目となる動物園「仙台市動物園」が開園。

このことから藤ヶ坂は、仙台城から動物園周辺へいたる観光ルートとして使われていた可能性も考えられています。

 

仙台市動物園は昭和19年(1944)に、戦災の影響で閉園となりました。

仙臺大神宮もお参りしよう

仙臺大神宮

藤ヶ坂のすぐ近くにある”宮城のお伊勢さま”、「仙臺大神宮(せんだいだいじんぐう)」へもぜひお立ち寄りください。

 

御祭神はもちろん天御中主命(あめのみなかぬしのみこと)。

ご利益は健康長寿、恋愛成就など。また宮城県における神前婚発祥の神社とされています。

 

藤ヶ坂の基本情報

所在地:

〒980-0805 仙台市青葉区大手町6付近

アクセス:

<電車>

仙台市地下鉄東西線「大町西公園駅」から徒歩約2分

<車>

東北自動車道「仙台宮城I.C」から約7分

駐車場:

なし

近隣の有料駐車場をご利用ください。

④ 「新坂」は澱不動尊から宮城県知事公館へ

仙台七坂 新坂 辻導

「新坂(にいざか)」は、青葉区広瀬町にある「澱不動尊(よどみふどうそん)」から宮城県知事公館へいたる道中にあります。

 

仙台七坂の中では一番急な坂で、自転車で駆け上がるのも困難なほど……。

車でも上りはエンジン音が一段と大きくなるところで、上り下りともにカーブはとくに注意が必要です。

新坂の由来

新坂 大正時代 仙台 地図

『伊達治家記録(だてじけきろく)』によると、元禄7年(1694)「澱橋(よどみばし)」の建設にともない、広瀬川の左岸方面から支倉町方面へ通じる道を開くため、崖を切り開いて坂道をつくったと記されています。

 

その坂こそが、現在の新坂。新たな坂が誕生したので、新坂と命名されたそうです。そのまんまですね。

 

新坂とつながる宮城県知事公館前から北山の輪王寺に通じる道は、新坂通と命名されています。

新坂を澱不動尊側から歩いてみよう

仙台 澱不動尊

新坂の手前に鎮座する「澱不動尊」。

こちらには仙台市内最古の「澱不動尊文永十年板碑(よどみふどうそんぶんえいじゅうねんいたび)」があります。

澱不動尊文永十年板碑

板碑は鎌倉時代の文永10年(1273)に建てられたもので、仙台市の有形文化財に指定されています。

兵衛太郎という人の極楽浄土を願い、建てられたものだそう。

仙台 新坂

澱不動尊より少し進むと、すぐに新坂がみえてきます。

最初は緩やかな右カーブが現れ……。

仙台 新坂 カーブ

2つ目は左カーブ。ここが一番危険なポイント。

 

カーブミラーが立つ隣に「新坂」の辻標が立っています。

左カーブを過ぎると直線の坂道です。

宮城県知事公館

新坂を上りきると、すぐ左手にあるのが「宮城県知事公館」。

ここは諸外国の大使や皇族などの賓客(ひんきゃく)をもてなす迎賓館として使用されています。

 

入口に構えるこの門は、もともとは仙台城にあったものです。

大正時代(1912~1926)に第二師団長官舎の正門として移築されました。

 

宮城県の有形文化財に指定されています。

宮城県知事公館は空きがあれば一般の方でも土日のみ見学可能です。予約空き状況の確認はこちら

 

新坂の基本情報

所在地:

〒980-0873 仙台市青葉区広瀬町7付近

アクセス:

<電車>

仙台市地下鉄東西線「大町西公園駅」から徒歩約20分

<車>

東北自動車道「仙台宮城I.C」から約10分

駐車場:

なし

近隣の有料駐車場をご利用ください。

仙台七坂後編へつづく。

前半は「扇坂」「大坂」「藤ヶ坂」「新坂」をご紹介しました。

 

藩士たちの通勤路だったかもしれない「扇坂」、幾度も削られ平らに整えられた「大坂」、織姫神社を祀る「藤ヶ坂」、崖を切り通してつくられた「新坂」。

目立つ見どころはありませんが、「昔はこうだったのかなぁ~」と昔に思いを馳せて歩いてみると楽しいですよ!

藤が坂 仙台
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stingray
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札幌出身で趣味はギター。前職の転勤で仙台に移り住み、気が付いたらもう30年になります。仙台は海の幸や山の幸も美味しく、とても暮らしやすい所です。そんな仙台の魅力や地元ならではの情報をお届け致します。

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