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山元町を取材!震災から10年、町の今を巡る

2021/12/13 更新

宮城県の東南端の太平洋沿岸に位置する山元町。震災で甚大な被害を受けましたが、新たにできたスポットや、古くから残る史跡など見どころが数多くあります。そんな山元町の観光スポットをご紹介します。

アイキャッチ画像:撮影 筆者
記事中画像:撮影 筆者

山元町は、どんな町?

ホッキ飯

写真提供:宮城県観光プロモーション推進室(ほっきめし)

宮城県の東南端で太平洋沿岸に位置する山元町(やまもとちょう)。

古くから、貝の王様と言われるホッキ漁が盛んで、最盛期には宮城県一の水揚げを誇っていました。

 

ホッキ貝を醤油ベースのタレで煮込み、ご飯の上に乗せたほっきめしは、山元町を代表する郷土料理です。

山元町 りんご

写真提供:宮城県観光プロモーション推進室

他にもいちご、リンゴ、シャインマスカットをはじめ、山元町の優れた地元産品や文化などをブランド化してPR活動に力を入れています。

山元町の海

磯浜漁港付近から撮影

そんな山元町は、平成23年(2011)3月11日に発生した東日本大震災の大津波により、沿岸の6つの地区が水没。

JR常磐線の町内区間が不通となるなど、甚大な被害を受けた地域でもあります。

 

現在は全線運転を再開しており、山下駅、坂本駅の新駅舎も開業しました。しかし今もなお、山元町内の各地で復興工事が続いています。

 

今回筆者は、山元町にある4か所の名所を巡り、山元町の今を見てきました。

① 磯崎山公園 | 伊達政宗がはじめて海を見た場所

磯崎山公園

まず最初は、山元町の南東端に位置する磯崎山公園(いそざきやまこうえん)。磯地区の太平洋海岸沿いの丘陵にあり、標高は13mほど。

 

頂上の近くに設置されている東屋からは、北側には牡鹿半島、南側では福島県相馬市の鵜ノ尾岬(うのおみさき)まで望めるそうです。

磯崎山公園の駐車場

磯崎山公園駐車場

公園の駐車場は仮設駐車場になっていました(2021年11月現在)。20台くらいは駐められると思われます。

磯崎山公園の入口

磯崎山公園入口

駐車場の左手に公園の入口があります。この階段を上り、公園内に入って行きましょう。

磯崎山公園入口階段

写真では急に見えますが、階段はそれほど急ではないのでご安心ください。てっぺんまでGO!

伊達政宗来所記念碑

磯崎山公園 伊達政宗来所記念碑

階段を上りきると、最初に見えてくるのが伊達政宗来所記念碑です。政宗公がこの地に来た様子が刻まれています。

記念碑の奥には太平洋が広がり、政宗公もここから海を望んだのではないでしょうか。

志賀潔頌徳碑

磯崎山公園 志賀潔頌徳碑

頂上の手前にあるのが、志賀潔頌徳碑(しがきよししょうとくひ)。志賀潔氏の功績を讃えて建立された記念碑です。

記念碑には「自ら信ずる所篤ければ、成果自ら到る」と志賀氏の語が刻まれています。

 

赤痢菌(せきりきん)を発見した、世界的な細菌学者の志賀氏。彼はこの磯浜をこよなく愛し、昭和24年(1949)に移住しています。

その後、昭和32年(1957)この地で死去。志賀氏の墓は仙台市青葉区北山の輪王寺にあります。

唐船番所跡

磯崎山公園 唐船番所跡

正保3年(1646)、仙台藩が異国の船を監視する目的で設置した唐船番所(からふねばんしょ/とうせんばんどころ)です。

 

監視は直参の足軽衆5人が担当し、2人1組5日交代で勤務していたそうです。御番所での監視は明治2年(1869)の廃止まで220年余り続きました。

唐船番所跡にある東屋

磯崎山公園 東屋

東屋から太平洋を一望できます。政宗公は、この磯浜で初めて海を見たといわれています。

磯崎山公園 唐船番所跡記念碑

東屋には唐船番所跡の記念碑が設置されていました。

東屋から見える景色

磯崎山公園 東屋からの景色

東屋から望む太平洋の大海原。潮騒も心地よく聞こえてきます。手前は磯浜漁港で、左手に見える建物は宮城県漁業協同組合の山元支所です。

 

震災時は、津波が磯浜漁港を含めこの一帯をのみ込み、公園丘陵の斜面を駆け上がり、この東屋まで迫ったそう。その後整備が行われ、ここまで復旧しました。

伊達政宗の座った石

磯崎山公園 伊達政宗の座った石

東屋の近くには、伊達政宗が座ったとされる石が置かれています。

恐れながら筆者も試しに座ってみましたが、この石から眺める太平洋はまた格別でしたよ。

波光山 礒性院観音堂

磯崎山公園 波光山 礒性院観音堂

東屋の反対側のルートを進むとお堂が見えてきます。

このお堂は、どんな願い事でも聞いてくれる身近な観音様として住民から厚く信仰されている、礒性院観音堂(ぎしょういんかんのんどう)。

 

震災時は住民がここまで避難したそうです。地震で壊れた御堂は早期に再建され、正月には「※元朝参り(がんちょうまいり)」として多くの人々が参拝に訪れます。

 

※元朝参り…茨城県~東北地方の方言で、初詣とは異なり元日の朝に行うお参りのこと。

 

磯崎山公園はここまで。お次は蓑首城跡に行ってみましょう。

 

【磯崎山公園の基本情報】

住所:

〒989-2111 宮城県亘理郡山元町坂元浜谷地亘理

アクセス:

【電車・タクシーの場合】

JR常磐線「新地駅」よりタクシーで約6分

【車の場合】

常磐自動車道「新地I.C」より約15分

駐車場:

無料/約10台(2021年11月現在仮設駐車場)

② 蓑首城跡 | 戦国~幕末まで、数々の遺構が残る

蓑首城 標識

磯崎山公園から「蓑首城跡(みのくびじょうあと)」までは車で10分ほど。

蓑首城は、山元丘陵の突端に築かれた平山城で比高は約20m。坂本城、坂元城、坂元要害ともいわれました。

 

現在、蓑首城の本丸跡は坂元神社になっています。

蓑首城跡の駐車場

蓑首城跡 駐車場

蓑首城跡の駐車場は、石段入口の反対側にあります。駐車可能台数は4台~5台ほど。こちらに駐めて蓑首城跡へ向かいましょう。

蓑首城跡の入口

蓑首城跡入口

駐車場から真っすぐ行くと蓑首城跡の入口があります。この鳥居をくぐり、石段を上ります。

蓑首城の本丸跡

蓑首城の本丸跡

蓑首山の最上部に到着です!

本丸跡は平場になっていました。奥に社殿らしき建物があるので、向ってみましょう。

坂元神社

坂元神社

主祭神は天御中主神(あめのみなかぬしのかみ)

こちらが坂元神社。風情があり歴史を感じます。

天正2年(1574)3月23日、亘理美濃守の家臣・坂元参河(さかもと みかわ)が蓑首城本丸に元妙見宮を勧請したのが始まりといわれています。

 

明治2年(1869)北辰神社と改称。明治42年(1909)他の村社と無格社を合祀して坂元神社と改めたそうです。

蓑首城 空堀

本丸跡からすぐの場所に、城を外周に形成された堀切(空堀)跡がみられます。

案内標識があるので、従って進めば迷う心配はありません。

 

次は二の丸跡へ向かいます!

蓑首城の二の丸跡

蓑首城の二の丸跡

二の丸跡は現在、山元町立坂元小学校になっていました。二の丸が広大な敷地にあったことがわかります。

 

蓑首城跡の三の丸跡

蓑首城跡の三の丸跡

小学校のとなりにあるのが、三の丸跡。ここには、貴重な遺構が残されています。

まずは大手門から入ってみましょう。

三の丸の大手門

蓑首城三の丸の大手門

三の丸の虎口に設置されていた大手門。残念ながら今は残っていませんが、かつては頑丈な門扉があったと伝えられています。

茶室

蓑首城茶室

茶室は天保3年(1832)、大條家15代当主・大條道直が仙台藩主から拝領したものとされています。昭和7年(1932)三の丸跡に移築されました。

板倉

蓑首城板倉

板倉(いたくら)は蓑首城城主・大條家ゆかりの建物で、戊辰戦争時は武器庫として使用されたと伝えられています。

次は大條氏御廟に向かいます。

大條氏御廟

蓑首城大條氏御廟案内

本丸から200mほど南の丘へ行くと、大條氏歴代の霊を祀る大條氏御廟(おおえだしおたまや)があります。

蓑首城大條氏御廟

ひっそりとした山中にあり、おごそかな雰囲気の御廟です。

蓑首城の歴史

蓑首城説明

元亀3年(1572)、亘理氏家臣の坂本俊久(さかもと としひさ)が築城したと伝えられています。

のちに、仙台藩祖・伊達政宗の命により城を改修。この間に城主が3人代わっています。

 

その後、伊達氏家臣の大條宗綱(おおえだ むねつな)が城主となり、江戸時代の元和2年(1616)に知行2,000石をもって入部しています。

一国一城令後は、伊達21要害の1つ坂元要害として存続。大條氏本家はのちに4,000石に加増され、幕末までこの地を治めました。

 

正保元年(1644)の村割りによって、地名表記が「坂本」から「坂元」へと変更になり、この城も坂元城(坂元要害)と記載されるようになりました。

戊辰戦争敗戦後の明治2年(1869)に廃城。現在、蓑首城跡は山元町指定の史跡となっています。

 

蓑首城跡はここまで。続いて、やまもと夢いちごの郷へ!

 

【蓑首城跡の基本情報】

住所:

〒989-2111 宮城県亘理郡山元町坂元舘下

アクセス:

【電車の場合】

JR常磐線「坂本駅」から徒歩約15分

【車の場合】

常磐自動車道「新地I.C」より約15分

駐車場:

無料/数台

③ やまもと夢いちごの郷 | 地場産品がそろう直売所

やまもと夢いちごの郷

蓑首城跡から「やまもと夢いちごの郷」までは車で約5分。JR東北本線「坂本駅」のすぐ目の前にあります。

山元町の新たな農水産物直売所として、平成31年(2019)の2月にオープンしました。

山元町 いちご

写真提供:宮城県観光プロモーション推進室

施設名にもあるように、山元町は東北一のいちごの産地!

主な品種は宮城県オリジナル品種「もういっこ」のほか、「とちおとめ」「紅ほっぺ」などで、甘さと酸味のバランスが良く、いちご狩りの時期は県外からもたくさんの人が訪れます。

 

現在宮城と東京で展開され、大人気のカフェ「いちびこ」で使用されているいちごも山元町で作られたもの。

 

やまもと夢いちごの郷では、町内のいちごハウスから直送されたいちごのほか、りんご、シャインマスカット、ホッキ貝など地元の名産品を豊富に取り揃えています。

山元町の魅力がギュッと詰まった直売所ですよ。

TSUNAMI ハーレー展示館

直売所の一角にあるTSUNAMIハーレー展示館には、震災時に被災したアメリカ製オートバイ「ハーレーダビットソン」の実物の車両や、震災で津波に流され、その後約6,500km離れたカナダ西部の海岸に漂着したハーレーの写真も展示されています。

 

カナダへ漂着した実際の車両はアメリカの「ハーレーダビッドソンミュージアム」という博物館に所有者から寄付され、震災を語り継ぐ象徴として展示されているそう。

震災の脅威を改めて感じられる展示です。

やまもと夢いちごの郷のフードコート

やまもと夢いちごの郷フードコート

直売所の右手にあるフードコート。数あるお店の中から今回のランチはラーメンにしてみました。

らーめん せん家

やまもと夢いちごの郷 せん家のラーメン

平成10年(1998)創業で宮城県内に4店舗を展開している「らーめん せん家(せんか)」。煮玉子入り中華そばを食券機で購入。どこか懐かしくホッとする優しさを感じる味でした。

 

さて、身も心も温まったところで最後に八重垣神社に行ってみましょう。

 

【やまもと夢いちごの郷の基本情報】

住所:

〒989-2111 宮城県亘理郡山元町坂元荒井183–1

アクセス:

【電車の場合】

JR常磐線「坂本駅」から徒歩約1分

【車の場合】

常磐自動車道「新地I.C」より約15分

駐車場:

無料/約140台(大型可)

公式HP:

https://yumeichigo.jp/

④ 八重垣神社 | 震災後に再建された神社

八重垣神社

やまもと夢いちごの郷から「八重垣神社(やえがきじんじゃ)」までは、海沿いを車で北に走らせ約7分です。

八重垣神社の駐車場

八重垣神社駐車場

八重垣神社の駐車場は鳥居の前にあります。駐車可能台数は3台~4台。

八重垣神社の新社殿

 

八重垣神社の新社殿

八重垣神社の創建は、応永18年(1411)と伝えられています。釣鐘は明和元年(1764)に奉納されたとされていますが、大同2年(807)と刻まれており平安時代からの歴史を感じさせる神社でした。

しかし、平成23年(2011)東日本大震災の津波で被災。社殿はすべて流されてしまいました。

八重垣神社の新社殿②

その後、6年半の歳月を経て平成29年(2017)の9月に新社殿が完成。山元町長はじめ、関係者や地域の方々など約150人が記念式典に参列しました。

八重垣神社の御朱印

八重垣神社御朱印

御朱印は書き置きではなく宮司さんの直筆でした。力強い筆に感動です。ありがとうございます。また訪れたいと思いました。

 

八重垣神社を最後に今回の山元町の観光スポット巡りは以上です。

 

【八重垣神社の基本情報】

住所:

〒989-2202 宮城県亘理郡山元町高瀬笠野128

アクセス:

【電車の場合】

JR常磐線「山下駅」から徒歩約30分

【車の場合】

常磐自動車道「山元I.C」より約10分

駐車場:

無料/数台

ゆたかな町をつくる山元町へ!

山元町の町民憲章の一つに「みんなの力でゆたかな町をつくります」とあります。今回の取材では、震災の傷跡が残りながらも立ち上がっていった町の様子が伺えて、これを強く感じました。そんなゆたかな町をつくる山元町にあなたも訪れてみませんか。

※掲載されている情報は最新のものとは限りません。現地にお越しの際には必ず施設の公式サイトもご確認ください。

八重垣神社の新社殿
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