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「仙台東照宮」伊達と徳川ゆかりの地!境内や桜の様子をレポート

仙台市青葉区に鎮座する「仙台東照宮(せんだいとうしょうぐう)」は、徳川家に対する尊崇と感謝の標(しるし)として創建されました。境内には桜もあり、ちょっとした桜の穴場スポットです。今回は仙台東照宮の桜や境内の様子、創建された経緯などを紹介します。

アイキャッチ撮影:筆者
記事中画像撮影:筆者

桜シーズンの仙台東照宮へ

仙台城から北東の方角に位置する仙台東照宮。今回は桜シーズンの4月に訪ねてみました。

東照宮の現在の姿や、桜や境内の様子、創建された経緯なども紹介します。

 

\御朱印めぐりの参考に/

ITEM
御朱印でめぐる東北の神社 週末開運さんぽ
発行年月:2022年03月17日
ページ数:144p

仙台東照宮とは?

仙台東照宮

「仙台東照宮(せんだいとうしょうぐう)」は、仙台市青葉区に鎮座しています。

1654年(承応3)仙台藩2代藩主・伊達忠宗公(ただむね)によって創建されました。正式名称は「東照宮」ですが、全国に508社ある東照宮と区別するため「仙台東照宮」と呼ばれています。

 

御祭神は江戸幕府を開いた徳川家康。開運厄除や家内安全、学業成就、商売繁盛、必勝祈願などのご利益があるとされています。

仙台東照宮は氏神神社として勧請された、全国でも例のない東照宮だそうです。例祭は徳川家康の命日である4月17日に毎年行われています。

国の重要文化財

仙台東照宮の本殿や唐門、透塀、石鳥居、随身門の5棟は、1953年(昭和28)に国指定の重要文化財となっています。また、手水舎は宮城県の有形文化財、石段は仙台市の登録有形文化財にそれぞれ指定されています。

 

桜の本数はそれほど多くありませんが、春は美しい花を咲かせ参拝客の目を楽しませてくれます。それほど混雑も無く、ちょっとした桜の穴場スポットです。

 

東照宮の桜の様子を、さっそく見に行ってみましょう。

仙台東照宮の境内と桜

仙台東照宮

参道にそびえ立つ宮城県最古の石鳥居は、国の重要文化財で聖なる場所「東照宮」への入口です。

鳥居をくぐるときは一礼してから入りましょう。表参道に桜が見えますね。

仙台東照宮

鳥居の脇にある満開の桜。毎年美しい姿で迎えてくれます。右側のスペースは駐車場です。

そのまま表参道を進んで行きましょう。

東照宮の御神橋

仙台東照宮

中央に見える朱色の橋は「御神橋(ごしんきょう)」。創建時にあった橋を再現したものだそうです。橋の両脇にも見事な桜が咲いています。近くまで行ってみましょう。

仙台東照宮

朱色の御神橋と桜とのマッチングが絶妙で美しいですね。ここは個人的に筆者イチオシの桜スポットです。

仙台東照宮

この日にちょうど満開になったので、絶好のお花見日和となりました。

続いて参道の石段へ。

東照宮の石段

仙台東照宮

仙台市の登録有形文化財に指定されている東照宮の石段です。石段の数は49段で、両側に並ぶ石灯龍とともに美しい景観が続いています。

東照宮の石灯籠

仙台東照宮

境内の石灯籠は全部で38基、そのうちの28基が表参道に並んでいます。その多くが伊達家一門からの御奉納のものですが、なかには伊達騒動後に撤去された石灯籠もあるそうです。

見えてきた随身門に行ってみましょう。

東照宮の随身門

 

仙台東照宮

石段を上り切ると、国の重要文化財「随身門(ずいしんもん)」の入口前にたどり着きます。

左右に弓と矢を持つ随身像を据えた2階建ての門です。

仙台東照宮

随身門から鳥居を見てみました。石灯籠がずらりと並び、遠くには仙台市中心部のビル群が望めます。

続いて拝殿へ。

東照宮の拝殿

仙台東照宮

随身門をくぐり、拝殿に行ってみましょう。

仙台東照宮

こちらが東照宮の拝殿です。手水舎で手と口を清めて、お賽銭を入れて二拝二拍手一拝でお参りしましょう。

仙台東照宮

右方向から拝殿を見てみました。シダレザクラも見事です。

次は唐門があるエリアに向かいます。

東照宮の唐門と透塀

仙台東照宮

国の重要文化財に指定されている唐門(からもん)です。徳川家康の命日である4月17日の例祭日のみ開かれます。

本殿の周りを囲む透塀(すきべい)も国の重要文化財。1周約80mあり、神職以外は立入禁止の塀の中を透かして見ることができるそうです。

 

続いてとなりの本殿へ。

東照宮の本殿

仙台東照宮

本殿も国の重要文化財で、御祭神がお鎮まりになる最も重要な建物。

当時の最先端技術である、七宝金具を使用した金具で装飾されています。七宝金具は全国に数ある東照宮の中でも、日光東照宮と仙台東照宮にしか使用されていないそうです。

屋根から斜めに突き出ているのが千木(ちぎ)と呼ばれるもので、古代建築の名残だとか。

 

次に御朱印をいただきに社務所へ行ってみましょう。

社務所の授与所

仙台東照宮

御朱印は社務所の中にある、御礼・御守・おみくじ授与所でいただけます。授与所は、8:00~17:00まで。

書置きではなく直接書いていただけるとのことで、番号札をもらって出来上がりを待ちます。

東照宮の御朱印

仙台東照宮

番号を呼ばれ、御朱印帳を受け取ります。こちらが東照宮の御朱印です。「仙臺東照宮」と力強く書かれていました。

 

東照宮の境内散策はここまでです。最後に仙台東照宮はなぜ創建されたのかを紹介します。

仙台東照宮は、なぜ創建された?

仙台東照宮

仙台東照宮はなぜ創建されたのでしょうか? それは仙台藩初代藩主・伊達政宗公の死後からはじまります。

伊達政宗公が1636年(寛永13)の6月に亡くなると、2代藩主・伊達忠宗公は翌年に政宗公を祀るため「瑞鳳殿(ずいほうでん)」を建立します。ところが、この年の7月に仙台で大きな火災が発生し、12月には「若林城」の蔵が焼失。この火災により領内の検地帳が失われてしまいます。さらに翌年の1637年(寛永14年)6月には大洪水に見舞われました。この災害により仙台藩は苦しい財政難に陥ります。

 

そこで忠宗公は、江戸幕府に約10万両の借金を願い出ることにしました。このお金をもとに、1638年(寛永15)仙台城二の丸の工事を着工。さらに新田開発によって新たに田が開かれ、仙台藩は急場をしのいだのです。

幕府の支援が仙台藩を救ったと考えられています。

仙台東照宮この幕府の支援に対し忠宗公は、1649年(慶安2)に幕府への感謝と忠誠の証として東照宮の造営を江戸幕府3代将軍・徳川家光公に申請。

幕府から造営の許可を得た忠宗は、直ちに仙台城の鬼門(北東の方角)にあたる旧小田原村の玉手崎(現在の東照宮)に社殿の造営を計画します。

東照宮は、徳川家に対する尊崇と感謝の標(しるし)として創建されたのです。

 

もともとこの地には「天神社(現在の榴岡天満宮)」がありました。この天神社は、1590年(天正18)に起こった葛西大崎一揆鎮圧後に、政宗公が案内役となり家康公が境内で休息をとったゆかりの場所と伝えられています。

家康公をはじめ、徳川家と伊達家には深いつながりがあったのです。

仙台東照宮

忠宗公にとって東照宮の造営は晩年最大の事業となりました。

社殿の造営のみならず、神社を維持管理するために御宮町(現在の宮町)を制定。また仙台最大のお祭りである東照宮御祭礼(現在の青葉まつりの起源)の斎行(行事のこと)と、御譜代町を含む氏子町の指定もしています。

忠宗公は東照宮を仙台藩の守護神とするために、さまざまな取り決めを行ったのです。

 

仙台藩の地位と基盤固めに多大な功績を残し「守成の名君」と評された伊達忠宗公。東照宮創建から4年後の1658年(万治1)に亡くなりました。

 

【仙台東照宮の基本情報】

住所:

宮城県仙台市青葉区東照宮1‐6-1

アクセス:

【公共交通の場合】

JR仙山線「山形」行き乗車‐「東照宮」駅下車、徒歩約3分

【クルマの場合】

東北道「仙台宮城」ICより約20分

駐車場:

無料/100台

駐車可能時間

8:00~17:00

仙台東照宮|公式

伊達忠宗の想いが詰まった東照宮へ

仙台東照宮

東照宮は桜スポットとしても良いところですが、歴史を紐解くと先人たちの熱い想いが伝わってきます。

幕府の支援によって危機を脱した仙台藩。2代藩主・伊達忠宗の徳川家に対する想いは特別だったことでしょう。あなたも仙台東照宮に行って忠宗の熱い想いを感じてみませんか。

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※掲載されている情報は最新のものとは限りません。現地にお越しの際には必ず施設の公式サイトもご確認ください。

仙台東照宮
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札幌出身で趣味はギター。前職の転勤で仙台に移り住み、気が付いたらもう30年になります。仙台は海の幸や山の幸も美味しく、とても暮らしやすい所です。そんな仙台の魅力を地元目線でお届けいたします。

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